耐震性不足による建て替えを理由とする立ち退き請求
建物の賃貸借において、借地借家法28条は、賃貸人の側から、期間の定めがある賃貸借について更新を拒絶し、あるいは解約の申し入れを行うには正当事由が必要であることを規定しています。
そのため、普通賃貸借契約が締結されている場合、貸主から賃貸契約を終了させたいと思っても借主がこれに応じない場合、この正当事由を具備していることを裁判所に認めてもらう必要があります。しかし一般的には、裁判所に、この正当事由があると認定してもらうにはかなりハードルが高く、簡単には賃貸借契約を終了させることはできません。
とはいえ、最近の裁判の傾向として耐震不足の場合に、建物の建替えが必要と判断し、正当事由があるとする裁判例も増えてきているように思われます。
そこで、耐震不足が問題となるケースにおいて、裁判所がどのような判断枠組みで耐震性を正当事由の一考慮要素として取り上げているかという概要を説明します。
旧耐震基準と新耐震基準
まず、裁判所が耐震性不足を正当事由の考慮要素としている裁判例において問題とされる耐震基準についてですが、昭和56年5月31日まで適用されていた基準が旧耐震基準、昭和56年6月1日から適用されるようになった基準が新耐震基準です。
旧耐震基準は、震度5強程度の揺れでも建物が倒壊しないような構造基準として設定されていましたが、新耐震基準では震度6強~7程度の揺れでも倒壊しないような構造基準として法令で設定されています。
なお、旧耐震基準が適用されるのか、新耐震基準が適用されるのかの基準は、建物の完成日ではなく行政による建築確認を受けた日によります。建築確認は、建物の着工前に受ける必要があるため、例えば昭和57年1月に建物が完成した物件でも、昭和56年5月1日に建築確認を受けていれば旧耐震基準により建築されていることが想定されます。
もっとも、旧耐震基準の適用時に建築されたというだけでは、必ずしも新耐震基準の適用開始後のものよりも耐震性が劣っているとは限らず、旧耐震基準適用時から、法改正を見越して新耐震基準にあわせて建築がなされていることもあり得ます。
耐震補強工事と工事費用
旧耐震基準により建築された建物の場合、現在の耐震基準を満たしているかという問題が生じます。仮に耐震性不足という場合には、耐震補強工事を行うことによって耐震性を高め、現行の耐震基準に適合させるという選択も考えられます。
しかし、耐震補強工事を行うことによる費用が過大になることや、耐震補強工事を行うことによって、構造が変更されることにより建物の利便性が下がってしまうこともあり、耐震補強工事を行うよりもむしろ建て替えをした方が建物所有者にとって経済的に合理性があることも少なくありません。
裁判例の判断枠組み
以上、大まかに耐震性不足と耐震補強工事について述べましたが、裁判例ではこのような実情に鑑みて、耐震性不足の建物に関する建物明渡し請求について、耐震性の不足による建て替えの必要性を正当事由の重要な考慮要素として取り上げているように考えられるものが見られます(東京地裁立川支部平成25年3月28日判決、東京地裁平成30年5月30日判決等)。
借地借家法28条の正当事由の有無は、賃貸人が建物を利用する必要性や、賃借人が建物を利用する必要性のほか、建物賃貸借に関する従前の経過や、立退料の提供の有無等、様々な考慮要素があるため、一概には言えません。
しかし、あえて耐震性不足による建て替えの必要性を正当事由の考慮要素として明け渡しを認めている裁判例は増加傾向にあるように考えられ、こうした裁判例のおおよその判断枠組みとしては以下のようなものと考えられます。
まず、耐震性不足があることについて適正な証拠資料に基づく根拠があることが前提となります。そのうえで、耐震性不足を解消するための耐震補強工事を行う場合の工事費用の見積もり額との関係で、耐震補強工事を行うことが耐震性不足の解消手段として現実的なものであるのか、建て替えを行うことが現実的であるのかを検討することになります。裁判所がこの点について、耐震性不足があり、その解消のための耐震補強工事に過度の費用がかかることなどから合理性がないと判断される場合には、貸主側に当該建物の建て替えをする必要性もあることから、上記正当事由があると認められやすくなる傾向がみられると考えられます。
もっとも、正当事由の有無の判断にあたっては、立退料の支払いも実務上は重要な考慮要素と考えられるため、貸主側に上記の建替えの必要性が認められたとしても、一定額の立退料の支払いと立退きを引き換えとされる裁判例が多いように思われます。
なお、耐震性不足による建替えの必要性が問題となるケースは必ずしも旧耐震基準の時代に建築された建物に限定されるものではなく、新耐震基準適用後の建物であっても耐震診断により現行の耐震基準を基準としたときに耐震性が不足していることなどから建替えの必要性があることも考慮され、正当事由があるとの判断が示されている裁判例もあります(東京地裁平成30年9月14日判決)。
監修弁護士紹介
弁護士 亀田 治男(登録番号41782)
経歴
2003年3月 | 上智大学法学部地球環境法学科 卒 民間生命保険会社(法人融資業務)勤務を経て |
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2006年4月 | 東京大学法科大学院 入学 |
2008年3月 | 東京大学法科大学院 卒業 |
2008年9月 | 司法試験合格 司法研修所入所(62期) |
2010年1月 | 弁護士登録(東京弁護士会) 都内法律事務所にて勤務 一般民事(訴訟案件等)と企業法務に幅広く携わる。 楽天株式会社の法務部にて勤務 |
2018年1月 | 渋谷プログレ法律事務所開設 |
2021年5月 | プログレ総合法律事務所に名称変更 |
資格
・宅地建物取引士
・マンション管理士
・管理業務主任者
・中小企業診断士
・経営革新等支援機関(認定支援機関)